ヘルシンキ大学附属小学校での授業参観

 2013年5月23日(木)、ヘルシンキ大学行動科学部博士課程の大学院生、アンッティ・ラヤラ氏(Antti Rajala)とヤーッコ・ヒルッポ氏(Jaakko Hilppo)のご紹介で、ヘルシンキ大学教師教育学科附属のヴィーキ教師教育学校(Viikki Teacher Training School)を訪ねました。学校のあるヴィーキ地区は、ヘルシンキの中心から北東、有名なアラビアの工場を越え、7-10km離れた場所にあります。
 この地区は、野生動物や野鳥の生息地となっている広大な自然保護区をもつ、とても美しいところです。1990年代半ばからは、ヘルシンキ大学、 市、 国、 民間企業による、バイオサイエンスやバイオテクノロジーを中心とするサイエンスパークの官民共同開発が進められました。また、エコ都市住宅の建設により、環境共生をテーマにした住宅地が地区内に開発されています。
 ヴィーキ教師教育学校は、1869年開校の歴史ある学校で、2004年、ヴィーキ地区に新築された現在の校舎に移転しました。小学生約370人、中学生約280人、高校生約240人、全体で900人ほどが通う、フィンランドで最も規模の大きい学校のひとつです(小学校就学前1年間のプレ・スクールも置かれていて、すべての学校段階を備えた学校といえます)。また、その名の通り、子どもの教育だけでなく、未来の教師たちを育成する学校として、年間200-240人の教育実習生を受け入れています。フィンランドには、教師を養成するためのこうした国立の大学附属校が、ヴィーキ教師教育学校を含め、全国に13校あります。
 教師は小学校が約35人、中学校・高校が約70人、スタッフは約30人が勤めています。大学附属校ではありますが、日本とちがい、義務教育9年間の総合学校(comprehensive school)段階では、フィンランドの他の公立校と同様、児童・生徒はすべて近隣在住の子どもたちで選抜はありません。
 学校建築面では、フロアプランの特徴のひとつとして、学年や教科ごとの教室が、それぞれ共有のオープン・スペースをもっていて、そのまわりに配置されているということがあります。
 ヴィーキ教師教育学校をご紹介いただいたラヤラ氏とヒルッポ氏は、ともに「ラーニング・ブリッジ研究ネットワーク」という革新的な研究グループに属しておられます。この研究グループは、その名称にあるように、「ラーニング・ブリッジ」の概念の下、学びの時間と空間、場所の拡張をデザインし、学校における実践の開発と分析に取り組むことをねらいにしています。今回の訪問は、この「ラーニング・ブリッジ研究ネットワーク」でお二人の研究仲間である、ヴィーキ教師教育学校、小学6年担任教師のカタリーナ・ステンベリ先生(Katariina Stenberg)の教室で授業を参観させていただくものになりました。ステンベリ先生はヘルシンキ大学で教育学の博士号(Ph.D.)を取得されており、ヘルシンキ大学の講師として、教育実習の指導にもあたられておられます。卒業間近の6年生たちが3年生の頃から4年間、担任をされてこられました。この日は、9:45-10:30に歴史のフランス革命の授業、12:00-12:45にスプリング・フェスティバル(年度末、フィンランドの学校でよく行われる代表的な行事で保護者を招待して開催される)のリハーサル、13:15-14:00に算数の幾何の授業をそれぞれ参観させていただいた。
 ステンベリ先生の授業でまず気づかされるのは、ピア・カルチャー、仲間文化といえるような学級の雰囲気です。先生は、インタビューの中で、こうした雰囲気が、参加型教育(participatory pedagogy)の考えにもとづいていると語ってくれました。学級の子どもたちは、こうしたリラックスした雰囲気の中で、とても活発に、安心して伸び伸びと発言を行うことができているように感じられました。
 歴史の時間に行われたフランス革命の授業では、歴史授業の既成イメージとはずいぶん異なり、まず「革命」って何だろうといったグループでの話しあいや、「学校の革命」を考えるとどうなるかという予想外の問いが先生から出されました。子どもたちも、もっと学校を楽しい場所にするのが「学校の革命」だとか、校長先生の地位を奪うとか、楽しく話しあいを進めていました。先生も、子どもたちの発言を否定したりすることなく、学校で学ぶことは楽しいことじゃないのとか、ユーモアのあるやり取りが行われている様子でした。
 また、この授業では、教科書は一切使われず、代わりに、YouTubeの動画がディスカッションに用いられていました。それには、現在のシリア騒乱に関するビデオもありました。このように、授業では、知識や概念を、子どもたちの日常生活や経験、さらには現実世界の現象とつなげてゆくような思考作業が積極的になされていました。そのため、教師は、公式の見解のみを提示するのではなく、むしろそれに対抗するような子どもたち自身の見解を促して、呼び込んでいるように思えます。つまり、子どもたちの能動的な主体性を誘発するスペースを創り出しているのです。
 このように、ステンベリ先生の授業は、対話的に展開されているということになるのですが、それはあくまでも知識の構築や情動的な関与といった対象に向けられたものであると第一義的にはいえそうです。